死をもって生を知るんです。

 

人が死ぬコントは"生への願望"なんです

今回は、WEB サイゾーに掲載された2009年のインタビューからです。単独ライブ「告別式」が出た頃のインタビューです。URLは、http://www.cyzo.com/2009/03/post_1553.html です。

インタビュアーが「ライブ全体が葬儀をモチーフにしていて、コントの中でも登場人物が死んでしまうネタが多かったですね。これはひょっとすると、鳥居さんの中の死への願望を表しているのでしょうか?」という問いかけに鳥居さんは次のように発言しています。

「いえ、むしろ逆です。生への願望です。私のファンの人で『私も病気なんです』って言ってくる人がいるんですけど、そういう人が例えば『死にたい』とか思ってるときに、『がんばれよ』って気安く言ってもらいたくないと思うんですよ。私もそうだから、わかるんです。そんなときに私のネタを見てほしいんです。『やだなー、全部ダメだー』って思って励まされたくないようなときに、もう一層ちょっと下の部分に触れると見えてくるものがあるんです。だから、私のコントは必ず誰かしら死ぬんです。でも、それは死を侮辱しているわけじゃなく、生きたいという願望なんです。死をもって生を知るんです」

鳥居さんが拘っているのは「生への願望」ですね。ただ、それが、長く細くではなくて、太く短く、のようですが。他のインタビューで、35歳で死ぬとか100年後には地球も無くなってるとか発言されてるのを聞いた覚えがあります。誰しも人に迷惑をかけずに死にたいという希望があると思いますが、鳥居さんは、それが人一倍強いのでしょうね。神様はなかなか死なせてくれませんよ。

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2011年5月7日 | コメント/トラックバック(0) |

カテゴリー:WEB

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