鳥居みゆきさんについて

 鳥居みゆきさんの略歴

 鳥居みゆきさんは、女性のピン芸人です。1981年3月18日生まれで、秋田県出身、埼玉県育ちです。既婚ですので、旧姓の本名は鳥居美由貴、現在の本名は不明です。S&D Studioに所属後、業務提携先のサンミュージックプロダクションへ移籍しました。

 家族構成は父、母、姉の4人家族で、お姉さんは、モデルをしていて、テレビに出た事もあります。

 中学校では卓球部に所属していましたが、ラリーが出来ない為得点係になりました。しかし点数ではなくセットカウントをめくってしまうのですぐに時計係に回されました。試合経験はなく倉庫で壁打ちの日々であったと言います。中学時代、昭和のいるこいるをライブで見て「お笑いって何をやってもいいんだ」とお笑いに目覚めました。芸人になれば変な行動をしても大丈夫(まともに見える)なのではと思うようになりました。

 高校ではワープロ部に所属していましたが、部員3人で2人は後輩だったのに部長ではありませんでした。早打ち自慢の言葉は「江東区木場」。今もワープロ愛用者ですがインクリボンがないため印刷は出来ません。高校3年生当時まで友達が一人もおらず、友達を作りたくてお笑いを始めましたが逆に人が遠ざかっていったという時代でした。そのような中でも色々話したいことや表現したいことを書き溜め、そのうちにそれを発表するために舞台に出たいと思い、卒業後、18歳の時にラブ守永に誘われ『松みのるお笑い塾』というお笑い養成所に入ります。約1年間通い、その養成所時代にライブに初出演しました。

 2001年頃に、アコムのイメージキャラクターオーディションの最終選考まで残りましたが落選しました(面接で「これに落ちたら本当におたくのお世話になる事になります」と言ったのが落選理由ではないかと語っています)。このことはネタ「妄想結婚式」にも取り入れられたり未だに話題にする事もあります(この時選ばれたのは小野真弓)。

 2002年にラブ守永とコントユニット『ラモンズスクイット』を結成しますが鳥居さんの作るネタに守永が付いて行けず短命に終わりました。1月 – 7月頃まで活動していました。別にパンクバンドの『ラモーンズ』が好きで名づけたわけではないとのことです。

 2005年に「ギャグラ!」を発売しますが、現在の鳥居さんにとって触れられたくない件らしく、触れられると相当嫌がります(ネタの他に本人が不本意とする水着などでのイメージビデオのシーンがあるため。)。

 2007年春頃、年上の会社員と結婚しました。既婚者であることは、2008年4月に本人の口から突然発表されました。この時まで、所属事務所のサンミュージックを含め関係者も一切知らされていませんでした。

 2007年、GyaOのカンニング竹山が出演するカンニングの恋愛中毒へ出演しました。その動画がたちまち2ちゃんねる等ネット上で話題になり、ブレイクのきっかけとなりました。その後も過去、現在の様々な動画がネット上で公開されています。

 2008年2月、ピン芸人の頂点を決める大会、『R-1ぐらんぷり2008』(参加人数2731人)にて、有力候補者たちの予選敗退が続出した混戦を潜り抜け、自身初の決勝戦進出を果たし、451点で8人中6位となりました。その際に、審査員のダンカンから「これからどう進化していくのか非常に楽しみ」と、希望を持った評価を受けました。翌2009年にも決勝に進出し8位となりました。 

 2009年4月、『ザ・イロモネア』の企画「ピンモネア」で史上初となる100万円獲得を達成しました。

 2010年10月、M-1グランプリ2010に、飛石連休・藤井宏和と組んでのコンビ『大型連休』で出場しました。

2011年6月12日

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